利用者視点を組織に浸透させる:公共サービスにおけるペルソナの作成とチーム活用
公共サービスにおけるペルソナ作成の意義
公共サービスは、多様な背景を持つ多くの利用者に向けられています。全ての利用者に最適なサービスを提供することは理想ですが、限られたリソースの中では難しさも伴います。ここでデザイン思考の重要なツールである「ペルソナ」が役立ちます。ペルソナは、調査に基づき、サービスの典型的な利用者の詳細な人物像を作り上げる手法です。単なる統計データや属性の羅列ではなく、その人の名前、年齢、職業、家族構成といった基本情報に加え、価値観、ニーズ、行動パターン、サービス利用時の感情や課題などを具体的に描き出します。
公共サービスにおいてペルソナを作成する主な意義は以下の通りです。
- 利用者への深い共感: 抽象的な「住民」「利用者」ではなく、具体的な一人の人物像として理解することで、職員一人ひとりが利用者に対してより深く共感し、その立場に立って考えられるようになります。
- チーム内の共通理解醸成: サービス開発や改善に関わるチーム全体で、ターゲットとする利用者のイメージを共有できます。これにより、議論の方向性が定まりやすくなり、利用者視点に立った一貫性のある意思決定が可能になります。
- 課題の明確化: ペルソナの行動や感情を掘り下げる過程で、サービスの利用者が実際に直面している潜在的な課題や満たされていないニーズが明確になります。
- 効果的な施策立案: 特定のペルソナのニーズや課題に合わせて施策を検討することで、より的確で効果の高いサービス設計や改善が可能になります。
特に、自治体のような大規模で多角的なサービスを提供する組織において、ペルソナは部署横断的な共通言語となり、縦割り組織の壁を越えて利用者中心の視点を浸透させるための強力なツールとなり得ます。
公共サービスにおけるペルソナ作成の進め方
ペルソナ作成は、以下のステップで進めることが一般的です。
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目的と範囲の定義:
- どのようなサービスや課題のためにペルソナを作成するのか、その目的を明確にします。
- 対象とする利用者の範囲(例: 特定の手続きの利用者、子育て世代の住民など)を定めます。
- ペルソナをいくつ作成するか、チームで合意します。多すぎると焦点がぼやける可能性があります。
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情報収集(リサーチ):
- ペルソナの根拠となる情報を集めます。公共サービスにおいては、以下のような情報源が考えられます。
- 定性調査: 利用者へのインタビュー、アンケートの自由記述、サービス利用場面の観察など。利用者の生の声や感情、行動の背景を深く理解することを目指します。
- 定量調査: 統計データ、アンケートの選択式設問、ウェブサイトのアクセスログ、窓口の対応記録など。利用者の属性や傾向を把握します。
- 既存情報: 苦情や意見、相談記録、職員の経験や知見なども重要な情報源です。
- 留意点: 個人情報保護に十分配慮し、情報の取得・利用は関係法令やガイドラインに則って行います。調査対象者の同意を適切に得ることが不可欠です。
- ペルソナの根拠となる情報を集めます。公共サービスにおいては、以下のような情報源が考えられます。
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情報の分析と分類:
- 収集した情報を分析し、利用者間の共通点や相違点、特徴的なパターンを見つけ出します。
- KJ法やアフィニティ図(親和図)などの手法を用いて、関連する情報をグループ化し、インサイト(利用者に関する深い気づき)を抽出します。
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ペルソナプロフィールの作成:
- 分析結果に基づき、具体的な人物像を記述していきます。
- 名前、年齢、性別、居住地、職業、家族構成などの基本情報。
- 価値観、興味関心、ライフスタイル。
- サービスに関する経験、知識、ITリテラシー。
- サービス利用時の目的、行動、感情、課題、満たされていないニーズ。
- 写真やイラストを加えることで、より人物像を鮮明にできます(フリー素材やイラストを利用するなど、個人が特定されない配慮が必要です)。
- ストーリー形式で、ペルソナの一日や、サービスを利用する際のシナリオを描写するのも有効です。
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チーム内での共有と活用:
- 作成したペルソナをチーム全体で共有し、ペルソナは生きた人物であるという認識を共有します。
- ペルソナを会議室に貼り出す、資料に引用するなど、常に目につく場所に置き、日常的な議論の中で参照できるようにします。
- 定期的にペルソナを見直し、必要に応じて更新します。
管理職としてペルソナをチームに導入・活用させるポイント
ペルソナは作成するだけでなく、チーム内で効果的に活用されて初めて価値を発揮します。管理職は、その導入と定着において重要な役割を担います。
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ペルソナ作成の意義を明確に伝える:
- なぜ今ペルソナを作成するのか、それがサービスの質向上や組織全体の生産性向上にどう繋がるのかを、具体的な言葉で職員に伝えます。
- 単なる「デザイン思考のプロセスだから」ではなく、「市民の満足度を高めるために、市民一人ひとりの顔を思い浮かべながら議論を進めたい」といった、より共感を呼ぶ理由を提示します。
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作成プロセスへの参加を促す:
- 情報収集(利用者インタビューなど)や分析のプロセスに、積極的に職員が関わる機会を設けます。自ら利用者の声を聞き、分析に参加することで、ペルソナへの納得感が高まります。
- 部署横断的なチームで作成することで、異なる視点を取り入れ、より多角的で精緻なペルソナを作成できます。
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日常的な業務への組み込みを奨励する:
- 会議の冒頭で「この施策は、ペルソナの〇〇さんにとってどうだろうか」といった問いかけをするなど、日常的な議論の中でペルソナを参照することを促します。
- 施策提案書や企画書に、対象とするペルソナを記載するルールを設けることも有効です。
- ペルソナを参照したことで良い結果に繋がった事例があれば、積極的に共有し、成功体験を積み重ねます。
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ペルソナに基づいた意思決定の場を設ける:
- 重要な意思決定を行う際に、ペルソナをテーブルの中心に置き、「この決定はペルソナのニーズを満たすか」「ペルソナの課題を解決できるか」といった視点で議論を行います。
- これにより、担当者の経験や勘だけでなく、利用者データに基づいた客観的な判断を促すことができます。
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ペルソナ活用のための研修機会を提供する:
- ペルソナの読み方、活用方法、さらにはペルソナとジャーニーマップなどを組み合わせて使う方法といった実践的な研修機会を設けます。
- 外部の専門家を招いたり、他の自治体の成功事例を学んだりする機会を提供することも有効です。
公共サービス特有のペルソナ活用における留意点
公共サービスにおけるペルソナ活用には、民間サービスとは異なる特有の留意点があります。
- 「平均像」ではなく「典型像」を捉える: 公共サービスは「全ての人」が対象となり得ますが、ペルソナは特定の典型的な人物像を描きます。これは「その他の人々を無視する」という意味ではなく、「多様なニーズを持つ人々のうち、特に焦点を当てるべき層を深く理解する」ための手法です。作成したペルソナがカバーしきれない層への配慮も、別途検討が必要です。
- 変化するニーズへの対応: 利用者のニーズや社会状況は常に変化します。一度作成したペルソナも、定期的に見直し、必要に応じて改訂することが重要です。
- 職員の多様性の尊重: 職員の中には、ペルソナ作成に馴染みがない者や、データよりも自身の経験を重視する者もいるかもしれません。ペルソナの価値を丁寧に説明し、心理的安全性を確保しながら、多様な意見を取り入れてプロセスを進めることが管理職には求められます。
まとめ
公共サービスデザインにおけるペルソナ作成は、抽象的な利用者像を具体的な人物像へと変え、チームや組織全体に利用者視点を浸透させるための非常に有効なツールです。管理職がその意義を理解し、作成プロセスへの職員の参加を促し、日常的な業務や意思決定の場にペルソナを組み込むことで、その活用効果を最大化できます。ペルソナを羅列するだけでなく、「生きた人物」として扱い、継続的に参照・更新していくことで、真に利用者のニーズに応える公共サービスの実現に繋がるでしょう。ペルソナを組織文化の一部として根付かせることが、利用者中心のサービス設計を持続的に行うための鍵となります。