公共サービスにおけるデザイン思考の効果測定と成果の可視化手法
なぜ公共サービスでデザイン思考の効果測定が必要か
自治体や公共サービスにおいて、デザイン思考は利用者中心の課題解決や新しいサービス開発の有効な手法として注目されています。しかし、その導入にあたっては、「具体的にどのような効果が得られるのか」「その成果をどのように評価し、関係者に説明すれば良いのか」といった疑問や課題に直面することが少なくありません。特に管理職の方々にとっては、限られたリソースの中でデザイン思考への投資の正当性を示し、組織全体での理解と協力を得るために、効果測定と成果の可視化は非常に重要な課題です。
デザイン思考の成果は、単なる業務効率化やコスト削減といった従来の指標だけでは捉えきれない多面的な側面を持ちます。利用者の体験向上、職員のモチベーション向上、組織文化の変革なども重要な成果です。これらの定性的・定量的な成果を適切に評価し、ステークホルダーに分かりやすく示すことが、デザイン思考の組織への定着や展開を後押しします。
本稿では、公共サービスにおけるデザイン思考の効果測定と成果の可視化に焦点を当て、その考え方と実践的な手法について解説します。
デザイン思考の成果とは何か
デザイン思考は、単一のツールや手法ではなく、探索、発想、プロトタイピング、検証といった一連のプロセスを通じて、本質的な課題を発見し、革新的な解決策を生み出すアプローチです。このプロセスから生まれる成果は、以下のような多岐にわたるものを含みます。
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利用者(住民、事業者など)にとっての成果:
- サービス利用時の満足度向上
- 手続きの簡素化、分かりやすさの向上
- 待ち時間の短縮
- 必要な情報へのアクセス向上
- 感情的な体験(安心感、信頼感など)の向上
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組織(自治体、関係機関など)にとっての成果:
- 業務プロセスの効率化
- コスト削減
- サービス利用率・申請率の向上
- 問い合わせ件数の減少
- 職員の業務負担軽減
- 新しい知見やノウハウの蓄積
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職員・チームにとっての成果:
- 利用者視点、課題解決スキルの向上
- 部門横断での連携促進
- 挑戦する文化、心理的安全性の醸成
- 業務へのエンゲージメント、モチベーション向上
これらの成果は、従来の行政評価で用いられる指標と親和性の高いものもあれば、デザイン思考ならではの定性的なものもあります。効果測定においては、これらの多様な成果を総合的に捉える視点が重要です。
効果測定の基本的な考え方とプロセス
デザイン思考の効果測定は、単に数値目標を追うだけでなく、プロセスを通じて何がどのように変化したのか、そしてそれが利用者や組織にどのような価値をもたらしたのかを、ストーリーとして語れるようにデータを収集・分析するプロセスです。
基本的なプロセスは以下のようになります。
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目的と指標の明確化:
- 何のためにデザイン思考を導入したのか(例: 手続きの煩雑さ解消、窓口待ち時間の短縮、地域住民の孤立解消など)。
- その目的に対して、どのような状態になれば「成功」と見なせるのか。
- 測定したい具体的な成果(利用者満足度、手続き時間、利用率など)を特定し、可能な範囲で測定指標(KPI: Key Performance Indicator)を設定します。この際、定量的な指標だけでなく、定性的な変化を示す指標も検討します。
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ベースラインの測定:
- デザイン思考の取り組みを開始する前に、現状の指標や利用者の声、業務プロセスに関するデータを収集し、ベースライン(現状値)を把握します。これにより、取り組み後の変化を比較できるようになります。
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データ収集計画の策定と実行:
- 設定した指標に基づき、どのようなデータを、いつ、誰が、どのように収集するかを具体的に計画します。
- データ収集方法としては、アンケート、インタビュー、ヒアリング、観察、アクセスログ分析、統計データなどが考えられます。
- デザイン思考のプロセスと並行して、または取り組み後に計画に沿ってデータを収集します。
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データの分析:
- 収集したデータを分析し、設定した指標がどのように変化したか、利用者や関係者の声からどのような傾向が見られるかを明らかにします。
- 定量データと定性データを組み合わせることで、より深い洞察が得られます。
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成果の評価と可視化:
- 分析結果に基づき、デザイン思考の取り組みがどの程度効果があったかを評価します。
- 評価結果を、グラフ、図、写真、引用といった視覚的な要素や、具体的なエピソード、ストーリーを交えながら、分かりやすくまとめます。報告書やプレゼンテーション資料など、伝える相手に合わせた形式で可視化します。
具体的な効果測定手法・ツール
デザイン思考の成果測定に活用できる具体的な手法やデータソースをいくつかご紹介します。
1. 定量的な手法
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サービス利用状況のモニタリング:
- 特定の窓口への来訪者数、申請・届出件数
- ウェブサイトやオンラインサービスのアクセス数、利用率
- 特定のイベントやプログラムへの参加者数
- 手続きにかかる時間やコストの比較(ビフォー/アフター)
- 問い合わせ件数やFAQ利用率の変化
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アンケート調査:
- サービス利用者を対象とした満足度調査(CSAT: Customer Satisfaction Score)
- 推奨度調査(NPS: Net Promoter Score)
- 特定のプロセスや機能に関する評価
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KGI/KPIの設定と追跡:
- デザイン思考の目的(KGI: Key Goal Indicator)を具体的に設定し、それを達成するための重要な測定指標(KPI)を複数設定して継続的に追跡します。例えば、「〇〇手続きの利用者満足度を△%向上させる」「窓口での待ち時間を平均〇分削減する」などです。従来の行政指標に加えて、利用者視点の指標を取り入れることが重要です。
2. 定性的な手法
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インタビュー・ヒアリング:
- サービス利用者への個別インタビューやグループインタビューを通じて、体験の変化、満足度、改善点などを深掘りします。
- サービス提供に関わる職員へのヒアリングを通じて、業務負担の変化、モチベーションの変化、新しい気づきなどを把握します。
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観察:
- 窓口での手続き風景、サービス利用時の利用者の行動や表情などを直接観察し、プロセスのボトルネックや利用者の感情を理解します。
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ジャーニーマップの比較:
- デザイン思考の初期段階で作成した「As-Isジャーニーマップ」(現状の利用者体験)と、改善後の「To-Beジャーニーマップ」あるいは実際の利用者体験を比較し、どのようなペインポイントが解消され、どのようなポジティブな体験が生まれたかを整理します。
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プロトタイプ/実証実験でのフィードバック収集:
- プロトタイプを実際に利用者に試してもらい、率直な意見や感想、行動データを収集します。これにより、机上では見えなかった改善点や、デザインがもたらす体験価値の変化を把握できます。
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ストーリーテリング:
- 収集した定性データから、特定の利用者(あるいは職員)の具体的な体験の変化を「ストーリー」としてまとめます。例えば、「以前は手続きが複雑で諦めていた〇〇さんが、改善されたサービスのおかげで無事手続きを完了し、安心して生活できるようになった」といった具体的なエピソードは、数値だけでは伝わらない共感を呼び起こします。
成果を効果的に可視化・報告する方法
測定した成果は、関係者(上層部、議会、他の部署、住民など)に分かりやすく伝えることが重要です。
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対象者に合わせた報告:
- 誰に伝えるかによって、強調すべき点や表現方法を変えます。上層部には投資対効果や組織全体への影響、他の部署には連携のメリットやノウハウの共有、住民には自分たちにとってのメリットを具体的に伝えます。
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ストーリーとデータを組み合わせる:
- 定量的なデータ(グラフ、数値)と、定性的なデータ(利用者の声の引用、写真、具体的なエピソード)を組み合わせることで、より説得力のある報告になります。「データは事実を示すが、ストーリーは人の心を動かす」という視点を持ちましょう。
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ビジュアルの活用:
- 成果を示す際には、Before/Afterの写真、改善されたウェブサイトの画面、利用者の笑顔の写真など、視覚的な要素を積極的に活用します。ジャーニーマップやサービスブループリントの改善前後の比較なども有効です。
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具体的な事例紹介:
- 抽象的な効果だけでなく、「〇〇部署の手続きの待ち時間が平均△分短縮された」「〇〇サービスに関する住民からの問い合わせが□%減少した」といった具体的な事例を複数紹介します。
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プロセスと成果の関連付け:
- デザイン思考のどのプロセス(例: 利用者調査で特定されたペインポイント、プロトタイピングで得られた気づきなど)が、どのような成果に繋がったのかを明確に示します。これにより、デザイン思考というアプローチ自体の有効性を理解してもらいやすくなります。
測定・可視化を進める上での留意点
自治体・公共サービスで効果測定を行う際には、いくつかの留意点があります。
- データ収集の制約: 個人情報保護や情報公開の制限など、データ収集・活用の面で様々な制約がある場合があります。関係部署と事前に連携し、可能な範囲でのデータ収集計画を立てることが重要です。
- 効果が出るまでの時間: デザイン思考による成果は、すぐに現れるものばかりではありません。組織文化の変化や複雑な課題の解決には時間がかかることを理解し、短期的な成果と中長期的な変化の両方を捉える視点が必要です。
- 因果関係の特定: 成果がデザイン思考の取り組みのみによるものか、他の要因も影響しているのかを完全に切り分けることは難しい場合があります。他の要因も考慮に入れつつ、デザイン思考が貢献したと考えられる部分を慎重に評価します。
- 測定自体のコストと負担: 効果測定には時間やリソースがかかります。全ての成果を完璧に測定しようとするのではなく、最も重要な成果や関係者が関心を持つであろう指標に絞って測定計画を立てるなど、現実的なアプローチが必要です。
継続的な改善サイクルへの組み込み
効果測定と成果の可視化は、単に報告のためだけでなく、その後のサービス改善や組織運営にフィードバックすることを目的とすべきです。測定結果から得られた知見を次の改善活動に活かし、デザイン思考を一時的なプロジェクトではなく、継続的なサービス改善の文化として組織に根付かせていく視点が重要です。
管理職の皆様が、デザイン思考によって生み出された価値を適切に評価し、内外に発信していくことが、新しい公共サービスデザインの実践をさらに前進させる鍵となります。本稿が、その一助となれば幸いです。