サービス向上に繋がる:公共サービス共創ワークショップの設計とファシリテーションガイド
公共サービスにおける共創ワークショップの重要性
住民ニーズの多様化や社会課題の複雑化が進む現代において、公共サービスの提供方法や内容を根本から見直し、より良いサービスをデザインしていくことが求められています。デザイン思考は、このような課題に取り組むための有効なアプローチとして注目されていますが、その実践において核となる手法の一つが「共創ワークショップ」です。
共創ワークショップとは、サービスの関係者(住民、利用者、職員、事業者など)が立場を超えて一堂に会し、対話や共同での作業を通じて課題を深く理解し、解決策や新しいアイデアを共に生み出していく場です。公共サービスにおいては、多様なステークホルダーの視点を取り込み、ニーズを正確に把握し、納得感のあるサービスを共に創り上げていくために、共創ワークショップは非常に有効なツールとなります。従来の意見交換会や説明会とは異なり、参加者全員が「共に創る」当事者となることが最大の特徴です。
本稿では、自治体・公共サービスで共創ワークショップを成功させるための設計プロセスと、場を活性化させるファシリテーションのポイントについて解説します。
共創ワークショップの設計プロセス
効果的な共創ワークショップを実施するためには、入念な事前設計が不可欠です。以下のステップで検討を進めることを推奨いたします。
1. 目的とゴールを明確にする
ワークショップを通じて「何を達成したいのか」を具体的に定めます。単に意見を募るだけでなく、どのような課題に対して、どのようなレベルの成果(アイデアリスト、プロトタイプ、具体的なアクションプランなど)を得たいのかを明確にすることが重要です。この目的設定が、後の参加者選定やアジェンダ設計の基準となります。
2. 参加者を選定する
ワークショップの目的に沿って、招くべき参加者を慎重に選びます。サービスの関係者をできるだけ幅広く含めることで、多角的で深い洞察が得られます。住民、サービスの利用者、現場でサービスを提供する職員、関連する部署の職員、外部の専門家、NPO、事業者など、多様な視点を持つ人々を集めることが共創の質を高めます。参加者の人数は、対話と共同作業が効果的に行える範囲(目安として10名~20名程度)に収まるように調整します。
3. アジェンダを設計する
ワークショップ当日の時間配分と具体的なアクティビティを設計します。目的達成に向けて、どのようなプロセスで議論や作業を進めるかをデザインします。デザイン思考のプロセス(共感、定義、創造、プロトタイプ、テスト)を参考に、アイスブレイク、課題共有、アイデア発想、アイデアの具体化、プロトタイピング、成果発表といった要素を組み合わせます。各アクティビティに要する時間を見積もり、休憩時間も含めた現実的なスケジュールを作成します。
4. 場所と環境を準備する
参加者がリラックスして自由に発言でき、共同作業がしやすい物理的な環境を整えます。固定席ではなく、グループワークがしやすいようにテーブル配置を工夫し、壁面やホワイトボードなどを活用してアイデアを可視化できるスペースを確保します。明るく換気の良い、心理的に安心できる場づくりも重要です。自治体の施設を利用する場合は、予約や利用規約を確認し、必要な設備(プロジェクター、音響など)が利用できるか確認します。
5. ツールと材料を準備する
ワークショップのアクティビティに必要なツールや材料を事前に準備します。基本的なものとして、ポストイット(複数色)、ペン、模造紙、マスキングテープなどがあります。必要に応じて、模造紙に事前にテンプレートを印刷したり、写真や図などの資料を用意したりします。オンライン開催の場合は、共有ホワイトボードツール(Miro、Muralなど)やビデオ会議ツール(Zoom、Teamsなど)の準備と参加者への操作説明が必要になります。
6. 自治体特有の考慮事項
自治体での共創ワークショップでは、特に以下の点に留意が必要です。 * 広報・募集: 住民参加を促すための効果的な広報方法(広報誌、Webサイト、地域の掲示板など)と、参加者選定の基準(抽選、先着順、属性による絞り込みなど)を明確にします。 * 情報公開と説明責任: ワークショップで出た意見や成果について、どのように記録し、どのように情報公開するのか、事前の合意形成やルール作りが必要になる場合があります。 * 予算とリソース: 会場費、謝礼、印刷費、材料費など、必要な予算を確保します。職員の工数も考慮に入れる必要があります。 * 関係部署との連携: ワークショップのテーマに関わる部署とは事前に緊密に連携し、目的や進め方について理解と協力を得ておくことが成功の鍵となります。
共創ワークショップの効果的なファシリテーション
ワークショップが設計通りに進み、参加者全員が貢献できる実りある場となるかどうかは、ファシリテーターの力量に大きく左右されます。
1. ファシリテーターの役割
ファシリテーターは、議論の内容に立ち入らず、中立的な立場でワークショップのプロセスを管理・支援する役割を担います。主な役割は以下の通りです。 * ワークショップの目的と進行ルールを明確に伝える。 * 参加者が安心して発言できる雰囲気を作る。 * 議論が脱線しないように軌道修正する。 * 様々な意見を引き出し、参加者間の相互理解を促進する。 * アイデアや議論のポイントを可視化する(書記の役割も含む)。 * 時間管理を行い、アジェンダ通りに進行する。 * 参加者間の対立を建設的な方向へ導く。
2. ワークショップ開始時のポイント
- アイスブレイク: 簡単な自己紹介やゲームなどを通じて、参加者の緊張をほぐし、話しやすい雰囲気を作ります。
- 目的とルールの共有: なぜこのワークショップを行うのか、何を目指すのかを改めて説明し、参加者全員で目的意識を共有します。また、自由に発言できる雰囲気と同時に、相手の意見を尊重するといった基本的なルールを確認します。
3. 進行中のテクニック
- 傾聴と承認: 参加者の発言を丁寧に聞き、うなずきや相槌で承認する姿勢を示します。「それは〇〇ということですね」のように、相手の発言を要約して確認することも理解促進に繋がります。
- 効果的な問いかけ: 参加者からより深い意見や具体的なアイデアを引き出すために、「なぜそう考えましたか」「他にはどのような可能性がありますか」「〇〇の視点ではどうでしょうか」といったオープンな問いかけを行います。
- 意見の可視化と構造化: 出された意見をポストイットに書いて壁に貼ったり、模造紙にまとめたりすることで、議論の流れやポイントを参加者全員が共有できるようにします。KJ法などの手法を用いて、意見をグルーピングし、関係性を整理することも有効です。
- 時間管理: 各アクティビティに定められた時間を意識し、適宜参加者に残り時間を伝えます。必要に応じて、議論の途中で区切りをつけたり、時間を延長したりする判断を行います。
- 対立への対応: 意見の対立が生じた場合は、感情的にならず、それぞれの意見の背景にある考えや価値観を冷静に引き出すように促します。対立点そのものを共有の課題として捉え、解決策を共に探る姿勢が重要です。
4. 終了時のポイント
- 成果の確認: ワークショップで何が決まり、どのようなアイデアや課題が共有されたのかを参加者全員で確認します。
- ネクストステップの共有: ワークショップの成果を今後どのように活かしていくのか、具体的な次のアクションを伝えます。参加者に安心感と今後の期待感を持ってもらうために重要です。
- 感謝の伝達: 参加者一人ひとりの貢献に感謝を伝え、ワークショップを締めくくります。
自治体における実践のヒント(管理職視点)
管理職の立場から共創ワークショップの導入・推進を考える際には、以下の点が参考になるでしょう。
- 組織内での理解促進: 共創ワークショップが単なる「お祭り」ではなく、サービス改善や課題解決に向けた有効な手段であることを組織内で丁寧に説明し、理解と協力を求めます。成功事例を共有することも有効です。
- チームメンバーの育成: ワークショップの設計やファシリテーションには一定のスキルが求められます。関連する研修への参加を奨励したり、経験者から学ぶ機会を提供したりするなど、職員の能力向上を支援します。外部の専門家によるサポートを検討することも現実的な選択肢です。
- 成果の共有と活用: ワークショップで得られた成果を組織内で適切に共有し、実際のサービス改善や施策立案に反映させる仕組みを作ります。成果を「見える化」し、関わった職員や住民にフィードバックすることで、取り組みの継続性やモチベーションに繋がります。
- 継続的な取り組みへの位置づけ: 単発で終わらせず、定期的な実施や他の事業との連携を視野に入れ、共創の文化を組織内に根付かせていく長期的な視点を持つことが重要です。
結論
公共サービスにおける共創ワークショップは、多様な関係者の知恵と力を結集し、利用者中心のより質の高いサービスを創り出すための強力なアプローチです。適切な設計と丁寧なファシリテーションによって、参加者全員が主体的に関わり、これまでになかった革新的なアイデアや、関係者間の強い信頼関係を生み出すことが期待できます。
管理職の皆様におかれましては、ぜひこの共創ワークショップを、組織やチームの力を引き出し、新しい公共サービスをデザインするための一歩として活用されることをお勧めいたします。最初は小さなテーマからでも構いません。実践を通じて経験を積み重ねることが、組織全体のデザイン思考の実践力向上に繋がるはずです。